もどる
『神の啓示に関する教義憲章』概説
和田 幹男 


 第1章 神の啓示そのものについて(2−6項)解説(要約)

第1章 神の啓示そのものについて


神の啓示とは何か、啓示が目指すのは何か、啓示の方法(第2項):
 まずここで啓示という用語で何を意味するかを明確にする。 啓示は、ただ単に神が人間の理性に真理を開示し、伝授するだけでなく、 神が人間と人格的な交わりを持とうとされることだとされる。 このように主知主義的啓示理解から人格的啓示理解への転換を行っている。 この啓示は、人間相互の場合と同じように、言葉と仕草をもって行われる。

キリストによる啓示の準備のための:自然による啓示とイスラエルの歴史による啓示(第3項):
 前項で明らかにされた意味での啓示は、具体的にまず創造によって行われている。 したがって人間は被造物である自分と周りのものを見ることによりその創造者である神との交わりをもつことができる。 さらにその啓示ではわからあない神の内奥がイスラエルの歴史をとおして明らかにされ、 一段と高次な神と人間との交わりが可能にされた。

啓示の完成としてのキリスト(第4項):
 イスラエルの歴史による啓示は、プロセスとしての啓示であるから、 そのプロセスに締めくくりがあるのかという問題がある。 キリスト教はナザレのイエスの中にその締めくくりがあると信じる。 ふりかえってイエスこそ全啓示の営みを締めくくって、その全体に最後の意味を与え、明らかにするおかたである。

神の啓示に対する人間の応答としての信仰(第5項):
 第2−4項で言われる神からの働きかけとしての啓示に対して、 人間が応答することを「信仰の従順」という。 ここは第1ヴァティカン公会議の決議文を色濃く継承しているが、 人間による真理の承認そのものに、単なる抽象的なものにとどまらず、 人格的な意味が込められていることはいうまでもない。また自然を超える高い次元の啓示に対して、 人間がこれに応答して高い次元での神との交わりを可能にしていただくために、 神の特別な働きかけとしての恩恵が必要なことも当然である。

啓示が明らかにする真理について(第6項):
 第1ヴァティカン公会議の決議を継承し、 啓示によって明らかにされるものの中には人間が絶対的な意味では自然理性で知ることができるものもあることを確認する。

 拙著『わたしたちとって聖書は何なのか』―現代カトリック聖書霊感論序説―、女子パウロ会、1986年、23−63頁参照。

もどる