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『神の啓示に関する教義憲章』概説
和田 幹男 


 第3章 聖書霊感と聖書解釈について(11−13項)解説



聖書霊感とは何か、その結果としての聖書の真理性(第11項)要約
第12項の問題の所在
第12項解説:いかに聖書は解釈すべきか、その原則、全聖書の統一性
  聖書解釈の原則
  聖書の理性的解釈
  聖書の信仰的解釈
第13項解説:神の「へり下り」


聖書霊感とは何か、その結果としての聖書の真理性(第11項)要約

 聖書が聖霊の息吹きによって書かれたという確信は、イエス以前のユダヤ教にあった。 キリスト教はこの確信を受けついでその聖書を旧約聖書として受容するとともに、 新約聖書も同様に聖霊の息吹きによって書かれたと確信してきた。 このように聖書はほかの人間の著作と区別してきた。 近代以降、歴史批判的研究法による聖書研究が行われるようになり、 聖書の人間的側面が明らかにされるとようになると、 聖書が聖霊の息吹きによって書かれたという確信はほとんど無視されて解釈されるようになった。 そこでカトリック教会は第1ヴァティカン公会議(1869−1870年)にこの確信を確認した。 その後、この聖書霊感をいかに理解すべきかについてカトリック神学者の中で論議が繰り返されるようになった。 そこでカトリック教会は、教皇レオ13世の聖書回勅『プロヴィデンティッシムス・デウス』 (1893年)以来折ある毎にその確信を確認し、著者とその著作をモデルに聖書霊感を説明してきた。 こうして聖書は神を主要著者とし、聖書記者を従属的著者として、この両者の共同著作なのだと説明されてきた。 第2ヴァティカン公会議はそれを踏襲する。ただし、前章、前々章で明らかにされた啓示(revelatio)との関連において考察し、 霊感(inspiratio)と言っても、ここでは聖書霊感(inspiratio biblica)に限って考察し、 この聖書霊感はすでに明らかにされて意味での啓示を書きとめるという際にある神の特別なカリスマと捉えられることとなった。 このカリスマが聖書全体に及んでいることを確認し、ここでも著者とその著作をモデルに聖書霊感を説明するが、 以前の聖書回勅と比べると、著者としての聖書記者の活動を強調している。
 聖書が神を著者として書かれた書であるなら、そこに書かれていることに誤りがあるはずがないと帰結される。 ところが近代になって自然科学と歴史学が起こって発展し、 聖書に自然科学または歴史学からみれば誤りがあるのではないかと指摘されるようになった。 したがって、聖書が神の霊感によって書かれたという確信そのものにも疑いがかけられるようになった。 カトリックは前述の教皇レオ13世以来、歴代教皇の聖書回勅をもって聖書の無謬性(inerrantia)を主張してきた。 第2ヴァティカン公会議は、聖書に書かれていることに誤りがないというのは消極的であるので、 積極的に真理であると言い換えると共に、その真理が自然科学や歴史学などのあらゆる観点からの真理ではなく、 人間の救いの観点からの真理に限られるとし、この意味で全聖書にわたって真理が書かれているとした。

 拙著『わたしたちとって聖書は何なのか』―現代カトリック聖書霊感論序説―、女子パウロ会、1986年、113−244頁参照。

第12項の問題の所在


 第3章は聖書霊感と聖書解釈について述べる。 まずその前半で聖書が聖霊の霊感によって書かれたものであることを確認し、 その効果としての聖書の無謬性、ないしむしろその真理性について明らかにする(第11項)。 つぎに後半でその聖書はいかに解釈すべきかについて論じる(第12−13項)。 この聖書解釈の方法については、19世紀末から第2ヴァティカン公会議までカトリック聖書学はその正しい方向を求めて模索の時代を経てきた。 カトリック教会はラテン語ウルガタ訳聖書を、主として古代の教父たちの解釈を参考に読んできたが、 19世紀に自然科学と歴史学が発展を始め、この観点から聖書の記述には誤りがあるのではないかと疑問を投げかけられた。 また聖書学もその歴史学の影響を受け、特にプロテスタントにおいて歴史批判学が起こり、 伝統的な聖書解釈に対する疑問が表明された。この疑問に対して1893年、 レオ13世の聖書回勅『プロヴィデンティッシムス・デウス』は聖書の無謬性を弁護し、 唯理主義的聖書解釈に対して警告を発すると共に、歴史批判学を正しく用いられることをもって聖書を研究することを奨励した。 その後、カトリックにおける聖書の歴史批判学は、 A・ロアジ−をはじめ一連の神学者をモデルニズムとして厳しく退けた検邪聖省の教令『ラメンタビリ』 (1907年、Lamentabili,DZ n.3401-3466)、 ピオ10世の回勅『パシェンディ』(1907年、Pascendi,DZ 3475-3500)に沿って弾圧を受けた。 イザヤ書や詩編、モーセ五書の著者問題などについて教皇庁聖書委員会が出した一連の回答は、 聖書の歴史批判学に対する否定であった。ただし、当時の歴史批判学はまだ未熟であって、 それによって人々の救いのために果たすべき教会の本来の使命が大いに支障を来す恐れがあった。 それゆえ教皇庁の公文書は過渡的(status quo)指導方針であったと言えよう。 そのように受けとめたカトリック聖書学者の中には歴史批判学によって聖書研究を押し進めた者がいた。 それがやがて認められるようになる。
 1943年、ピオ12世が公布した聖書回勅『ディヴィノ・アフランテ・スピリトゥ』は、カトリック聖書学にとって転機となった。 同教皇は、聖書の歴史批判学を始めて積極的に評価し、聖書学においてなすべき基礎的作業を具体的に指摘し、 その作業に取り組むよう奨励した。しかし、この回勅の主旨を理解できない勢力も依然として残った。 彼らは歴史批判学の意義そのものを否定することにより、 神の言葉がこの歴史の中で人間となったという受肉の秘義の否定につながることに気づかなったのであろうか。 つまりイエスはただ神であったというキリスト仮現論ないし単性論(docetismまたはmonism)に陥る危険があった。 それは歴史批判学が近代の唯理主義的精神の中で始められ、 またそれがプロテスタント聖書学によって押し進められたために、 歴史批判学の意義が見損じられたのであろう。第2ヴァティカン公会議における啓示憲章の審議は激しい論争の場となった。
 この第12項も第1草案では聖書の無謬性を守るためには、いかに聖書を解釈すべきかとの心遣いから作成された。 しかし、この聖書の無謬性の問題は別に審議して決着をつけた。 その無謬性を守る護教的な観点から解放されて、ここでは聖書に救いのための真理を読み取るためにいかにすべきか、 その解釈の方法が検討された。聖書を正しく解釈すれば、自ずと聖書の無謬性の問題は解決されるのは言うに及ばない。
 このようにここで、いかに聖書を解釈すべきかの問題は正しく問題設定されることとなった。 聖書は理性的に解釈されなければならないというなら、その歴史批判学的研究は欠かせないものとなる。 ただし聖書はただ理性的だけではなく、また信仰をもって解釈されなければならないとすれば、 歴史批判学にも限界がある。第2ヴァティカン公会議の啓示憲章における聖書解釈法は、 聖書を受け取った人間の理性と信仰という両面からの解釈を掲げ、そのバランスは見事である。 それは教皇ピオ12世の聖書回勅の線に沿うと同時に、これを乗り越えるものとなったが、 それはまた新たな課題を数多く将来に残した。
 なお啓示憲章が発布されてから35年以上経った現在、 この憲章を解説するにはその発布後それがもたらした実りや、 あるいはそれが提起した諸問題も意識しなければならない。 したがって本憲章発布後まもなく発表された解説は大いに参考になるとはいえ、 それを参考にするだけでは足りない。その後の教皇庁の聖書関連公文書の中で、 特に1993年教皇庁聖書委員会が発表した『教会における聖書の解釈』 (以下、英語の題名The Interpretation of the Bible in the Churchの主たる用語の頭文字を取って、IBCと略す) およびその発布の機会に教皇ヨハネ・パウロ2世が行った演説は注目に値する。 少なくともその公文書を意識して、現在では第2ヴァティカン公会議の啓示憲章を解説しなければならないが、 この文書はこの啓示憲章を前提としながらも、特に聖書の解釈を問題とし、 その個々の問題を前にして立場を明確にすると同時に広くて深い回答を出している。


第12項解説:いかに聖書は解釈すべきか、その原則、全聖書の統一性

聖書解釈の原則

 本項は、アウグスティヌスの著作『神の国』からの引用、 「神は人間をとおして人間の流儀で語られた」で始まる。 そのアウグスティヌスの著作では、 "Deus per homines,more hominum loquitur,quia sic loquendo nos quaerit"、 「神は人間をとおして人間の流儀で語られるが、 それはこのように語ってわたしたちを探し求めておられるからである」とある。 このquia、「それは」以下がここでは省かれている。 これはすでに前項で「わたしたちの救いのために」と言われており、ここでも当然前提とされている。 わたしたちを探し求めて語りかける神が発信の主体であり、発起者である。その受信の主体は人間で、 この人間に求められるのは「聴く」ということである。神は「人間をとおして」語られた。 ここで人間は複数。また「人間の流儀で」(仏訳:à la manière des hommes 、 伊訳:alla maniera humana、英訳 in human fashon、独:nach Menschenart ) と言われる。 これは、「人間の言語で」(西:en lenguaje humano )と言ってよい。 人間にとって通信は「人間の言語」なしに不可能だからである。 勿論そこには沈黙の言語も含まれる。従って、ここからまずわたしたちはほかの人間が語るのを聴いて理解することができなければ、 神の言葉も聴いて理解することはできないということも前提されていると言えよう。
 ここで神が何を言われたか、聖書記者が何を言ったかではなく、 神が何を言おうとなさったか(「わたしたちに伝えようとお望みになった」)、 聖書記者が何を言おうとしたか(「何を意味しようと意図し」)を問題とする。 つまり、その発言の意図において神と聖書記者が通じているということである。 ここから聖書解釈の第1の原則がくる:聖書記者が言ったことではなく、 言おうとしたことを読みとるということ。これは単純な原則であるが、実際には必ずしも容易ではなく、 そこには複雑な問題が含まれている。隣人が言ったことの真意を取り損なうことが日常生活において稀ではないとすると、 古代の聖書記者が書いたことの真意を現代の人間が、しかも異文化の人間が読み取るのは容易ではない。 ここに聖書記者が表現したことを、歴史批判学をはじめあらゆる学問的手段を用いて理性的に聖書を解釈することが必要なわけがある。 それに意図とその言語による表現の関係はいかなるものであろうか、検討する必要がある。
 さらにここに「その彼らの言葉をもって神が何を明らかにすること」という句が加えられている。 ここで聖書記者の言葉をとおして、その奧にある神の意図を読みとる必要があることを言う。 ここに聖書解釈の第2の原則がある。聖書はすべて神の霊の息吹を受けて書かれたものという信仰の立場から、 聖書を解釈するということ。これは聖書に神学的内容を求めて解釈するということである。 その理性的解釈について、そのあと神学的解釈について述べられるが、この二つの解釈は別々のものではない。

聖書の理性的解釈

 聖書記者の著作意図を汲み取るために何をすべきか。 ここで、「とりわけ》文学様式《も考慮しなければならない」という。 この「とりわけ」(unter alia)で文学様式以外に何が考えられているのだろうか。 その中で、なぜ文学様式が特別に指摘されているのだろうか。
 「とりわけ」を1943年のピオ12世の聖書回勅、 その補充としての1964年の教皇庁聖書委員会の指針を手がかりに考えるなら、 文学様式以外ヘブライ語とギリシア語をはじめとする聖書言語の習熟、古写本など聖書本文の収集と本文批判(Textual Criticism)、 用語や語句の字義的意味を正確に把握する文学批判(Literary Criticism)、 その補助科学として古代オリエントの発掘調査、出土した碑文や遺物の解読と解釈、歴史学、歴史地理学、 また第2次世界大戦後に採用されるようになった編集史批判(Redaction History)が考えられていることであろう。 このすべては歴史批判学に属する諸研究である。 しかし、文学様式が特別に指摘されている。それは、聖書の数節からなるひとつの単元を取り上げ、 それでもって聖書記者が何を言おうとしているのかを読み取ろうとすると、見落とせないからである。 文学様式とは何か、その詳細は別に検討しなければならないが、ある一定の書き方、表現形式のことである。 たとえば同じパソコンについて書くにしても、宣伝のためには宣伝のための書き方があり、 初心者用の手引きのためには手引きの書き方がある。 この書き方は、まさに著者が何を何のために表現しようとしているかによって決まる。 この書き方が文学様式で、この文学様式に注目しないと、著者の言おうとしていることを聞き取りそこなうかもしれない。 特に聖書は、伝統の力が強かった古代社会で書かれたものである。 当時、あることを言うために、その言い方、書き方も大いに慣習によって定まっていた。 聖書記者も何かを表現しようとして、その当時慣習となっていた表現形式を採用したにちがいない。 その表現形式は、現在のそれとも異なるので、特に注意する必要がある。 他方、文学様式にはそれぞれ、ある一定の社会的機能が前提としてあり、これが文学様式を定めている。 たとえば同じパソコンでもその広告文の書き方は、広告という社会的活動によって定まり、 その手引きの書の書き方はパソコン講座という社会的活動によって定まる。 したがって、文学様式に注目すれば、その様式が由来する社会的活動の場も想定される。 これを専門用語で、「生活の座」(Sitz im Leben)という。 このように、聖書記者の言おうとすることを読み取るためには、 その聖書記者が採用する文学様式に注目することは無視できないばかりか、 その言おうとすることを当時に社会において生き生きとした言葉として理解することにもなる。 この文学様式に注目しての旧約聖書研究を提唱したのが、 20世紀初頭のプロテスタント学者H・グンケル(H.Gunkel) であるが、 それが当時の伝統的な聖書解釈とは相容れないものと受けとめられた。 おりしもカトリックではモデルニズムに対する激しい拒否反応の時代であり、 グンケルの研究法は教皇ベネディクト15世の聖書回勅『スピリトゥス・パラクリトゥス』 (Spiritus Paraclitus)において排斥された。その研究法を新約聖書研究に採用したのが、 1920年前後のK・L・シュミット(K.L.Schmidt)、M・ディベリウス(M.Dibelius)、 R・ブルトマン(R.Bultmann)であるが、 特に最も影響力の大きいブルトマンの聖書学にはM・ハイデッガーの実存主義哲学も一つの前提となってなっていた。 この前提とされる哲学の問題もあって、1943年のピオ12世の聖書回勅では文学様式を重視すべきことが言われているが、 そこでは間接的な表現で福音書研究に文学様式による解釈を適用することにはなお問題があるとされた。 福音書の中で福音記者がイエスについて言おうとすることは、以前にもましてよく読みとることはできるが、 そこからそのまま歴史的人物としてのイエスご自身の言葉と活動と考えてよいかどうか、疑問とされたからである。 その文学様式による研究法を福音書研究に採用することが公式に認められるようになったのは、 1964年の教皇庁聖書委員会による『福音書の歴史的真理に関する指針』においてであった。 こうして哲学的前提を抜きにして、全聖書の研究において文学様式に注目すべきことが、ここではじめて認められた。 文学様式は多様であり、そのそれぞれに注目するなら、そこに言われる真理も多様ということになる。 それは、たとえば何か教訓を与える文学様式で書かれているのに、 そこに歴史的事実の客観的報告を求めるようなことがあってはならないということを意味している。 たとえば、ヨブ記の第1−2章で言われているのは、その文学様式に注目すれば、教訓であって、歴史的事実の報告ではない。
 さらに聖書記者たちが著作活動を行った「一定の状況」、 「その彼らの時代と文化の条件」を考慮するように指摘し、 ピオ12世の聖書回勅からの引用文でもってその裏付けとしている。 その「一定の状況」とは、歴史的、社会的、政治的、文化的、宗教的など具体的な実情のこと、 聖書記者はその中で書いた。その実情を知ることによって、 彼らが書こうとしたことの意味がいっそう明らかになることはいうまでもない。 その彼らの時代と文化は、わたしたちの時代と文化とは大いに異なるので、 そのことも自覚しないと、聖書は誤解されてしまう危険がある。 その彼らとわたしたちの間にあるギャップを埋めるために、 聖書の歴史批判学は欠かせない。(IBC 1275−1290.1557参照)

聖書の信仰的解釈

 「聖書は同じ一つの霊において書かれたものであり」とは、 聖書についてのキリスト教の確信である。そこから「その同じ一つの霊においても読まれ、 解釈されなければならない」という結論が出てくる。そのためには、いかにすべきか。 ここでは、「すべての教会の生きた伝承」と「信仰の類比」ということが指摘される。  「すべての教会の生きた伝承」(viva totius Ecclesiae Traditio)とは、 啓示憲章第2章で審議され、決議された意味での「伝承」(単数)のこと。 それは現在も「生きている」伝承であり、この命ある文脈の中で聖書は神の言葉として保たれ、 伝えられるのみならず、その理解が信仰者によってますます深められるという意味で啓示に進歩もある。 この教会という生きた文脈の中で信仰者は各自心を清められ、高められながら絶えず意識を改革して生き、 理性的にも神の言葉に絶えず新たに目覚めさせられる。 このように聖書によって神の言葉に生きる信仰者の寄り合いの中で、信仰者はそれぞれ聖書を生き、理解する必要がある。 (IBC 1402−1422参照)
 「信仰の類比」は、パウロによるローマの信徒への手紙12:6から取られた表現である。 これにより教会の信仰全体の整合性が考えられている。聖書を解釈する場合、 その解釈が教会の信仰全体と相容れないものであったり、対立するものであるなら、 その整合性に欠けていて、誤っていると言わざるを得ない。この意味で信仰の類比は、聖書解釈の基準とされてきた。 これは聖書の誤った解釈を判断するという否定的な基準として持ち出されてきたが、 真の解釈を指し示すという積極的な基準としても重要なものであろう。
 こうして、この項目の最後に聖書釈義家の任務とその教会における位置を確認したあと、 聖書解釈の最終的判断は教会の任務であることを明示する。 この教会の任務として具体的に考えられているのは、教会の教導職のことであり、 このことについても、啓示憲章第2章で扱われている。



第13項解説:神の「へり下り」

 ここは啓示憲章の中でも最も感動的なところである。 わたしたちは、聖書を受肉の秘義の延長として受けとめなければならないという。 ナザレのイエスは、人間となった神の言葉である。そのイエスは神性と人性を合わせ持つ一人のおかたである。 このエフェソ公会議とカルケドン公会議の正統信仰を告白するなら、 聖書にも人間的な側面と神的な側面が備わっていることをまじめに受け取るはずではないか。 さらにそれは今ここに生きるわたしたちに対する慈愛に満ちた神の呼びかけにほかならない。 それは脆くて儚いこのわたしたちのもとに降ってきて、そのわたしたちにあわせて人間の言葉をもって、 この人間の言語の制約性も受け取って近づいてくださる神の言葉だからである。 この神の優しさを教父は、シンカタバシス(ギリシア語で、synkãtabasis)という表現に要約した。 シンは「共に」を意味する接頭語、カタバシスは「下降、降り、下り」を意味する。天上から下ってきて、共に歩んでくださること。
 なお、詳しくは、以下の文献参照
武藤慎一、 「クリュソストモスの解釈学−神理解の可能性と不可能性を巡って−」、 『基督教学研究』第14号、1993年京都大学基督教学会、129−138
同、 「クリュソストモスにおける神の下降と人間の上昇ー解釈学的観点からー」、 『基督教学研究』第18号、1998年、京都大学基督教学会、79−94

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