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『神の啓示に関する教義憲章』概説
和田 幹男 


第5章 新約聖書について(17−20項)解説
第17項解説:新約聖書の優越性
第18項解説:福音書の優越性と使徒的起源
第19項解説:福音書の歴史性
 問題の所在
 1.福音伝承の起源に歴史上の人物イエスの活動と言葉があるということ。
 2.使徒たちの宣教における福音伝承
 3.福音書著者の著者としての活動、つまり編集活動
第20項解説:福音書以外の新約書の重要性
 
 第4章において旧約聖書が神の言葉であることを確認し(第14項)、 また旧約聖書と新約聖書の文書群は同一の著者として神をもち、 旧約聖書は「ひとつ残らず、福音宣教の中に取り入れられ」、 新約聖書と共に一つの聖書を形成することを明らかにした。 続いてこの第5章で新約聖書を取り上げ、まず新約聖書全体について、 これが神の言葉として別格のものだという、その優越性(第17項)が説かれる。 つぎにその新約聖書の中でも福音書について、その優越性と使徒的起源(第18項)、 福音書の歴史性(第19項)、最後に福音書以外の新約各書の重要性(第20項)が考察される。


第17項解説:新約聖書の優越性


 本項は「神の言葉」(Verbum Dei)で始まり、最初の文の主語である。 「信じる者すべてにとって救いのための力である」というその説明文は、 ロマ1:16からの引用で、そのロマ書では「福音」という言葉の説明文として出る。 したがって、本項「神の言葉」は、そのロマ書の箇所の「福音」の意味で理解されている。 それは「神の力」として何かダイナミックなもので、それは復活して信徒たちの中に生きるイエス・キリストにほかならない。 新約聖書では、神の言葉はこの神の力として「別格のありようで」(praecellenti modo)示されているという。 旧約聖書については、これが神の言葉であることを確認するところでは、 「神の真の言葉として」と、 「真の」を強調している(第14項)。これに対して、新約聖書の文書群の中では、 その神の言葉が「別格のありようで」示されているという。ここに新約聖書の優越性がある。 だが、それはいかなる意味であろうか。
 パウロがいう神の力としてのキリストは、 福音記者ヨハネによると「受肉した御言葉である」と表現される(ヨハネ1:14参照)。 それゆえ、「格別のありようで」示されている「神の言葉」とは、 この受肉した「御言葉」としてのイエス・キリストにほかならない。 実際にこの「御言葉」が、第17項の第二の文の主語になっている。

 「時が満ちて」はガラテヤ書からの引用で、これによりこの歴史のある時期に登場した人物、 つまりナザレのイエスが考えられていることを示す。「女から生まれ」、人間として生活し、 死んで復活したこの人物は、「神の子」( = :ガラ4:4)と、 またいっそう正確に「父の独り子」( :ヨハ1:14)と言われる。 福音記者ヨハネは、そのかたは神の言葉であり、その神の言葉が受肉した、つまり人間となったという。 この受肉した御言葉こそ、死んで復活したイエスの理解を深めた原始キリスト教のプロセスの頂点をなすものであろう。 この頂点に至るまでイエスの死後60−70年経っているが、 そこにはイエスの死と復活を自らも実際に生きながら清められ、 深められた初期イエス追従者の心の眼が前提となっていることであろう。
 そのようなプロセスなしに、いきなり受肉した御言葉としてのキリストと言われても、 理解しがたく、その後そのキリスト理解は、この受肉した御言葉をめぐって論議されることとなる。 それが西暦325年のニカイヤ公会議における定義:父なる神と同一本質をもつ ( - ホモウーシオス)御言葉としてのイエス・キリストであり、 西暦431年、エフェソ公会議における定義:神の本性( フュージス)と人の本性 ( フュージス)からなる自存者( ヒュポスタシス)としてのイエス・キリストであり、 西暦451年、カルケドン公会議における定義:その一人の自存者イエス・キりストは 「混合なく、変化なく、分割なく、分離なく」二つの本性の中にあるということが、 正統信仰とされることとなる。これが、その後の組織神学におけるキリスト論、 「受肉した御言葉」論(De Verbo Incarnato)の主題となった。その難解な議論はさておき、 教会がそれぞれの時代にその時代の誤謬を前にして正確な表現を期して定義してきたことを通じて、 その底流にあって守り抜いてきたのは、ヨハネ1:14に表現される受肉した御言葉の秘義であることを忘れてはならない。

 このように、まず「神の言葉(単数)」、つぎに「受肉した御言葉(単数)」を述べてから、 第三の文で、その受肉した御言葉としてのイエス・キリストが、この地上での生涯をとおして行われたことを述べる。 その「活動(複数)と言葉(複数)をもって」(factis et verbis)で、 イエスの具体的な個々の活動と言葉を意味する。それによって果たされたことを、 「神の国を創設し、ご自分の父とご自身を現し、その死と復活、 栄光ある昇天および聖霊の派遣をもってご自分の事業をなし遂げられた」と要約する。

 受肉した御言葉としてのイエス・キリストの働きは「地上から上げられて」、 つまり人間としてその人生を終えられてからも続けられる。 このかたは、すべての人に対して使命をもっておられるからである。 ここで「永遠の言葉をもつ唯一のおかた」としてあり続けておられると言う。 このように、ここまで「神の言葉」、「受肉した御言葉」、イエス・キリストの個々の「活動と言葉」、 その昇天後も「永遠の言葉」をもつ唯一のおかたと言って、この「言葉」が鍵となり、要となっている。 この言葉、特にその受肉した御言葉の展望の中で、新約聖書の文書群の意味が考えられている。 つまり、キリストによる啓示の歴史性およびその限界性と、その啓示の永遠性、 時代を超えての有効性を考え合わせて、新約聖書の意味が説かれている。 その啓示の歴史性とその限界性については、「この秘義は、 聖霊においてそのおかたの聖なる使徒たちや預言者たちに今や啓示された(エフェ3:4−6参照)のと同じようには、 ほかの世代には明らかにされなかった」と言われる。しかし、啓示はほかの世代のためのものでもある。 そのために「これは福音を宣教し、キリストであり主であるイエスへの信仰を起こし、 教会を呼び集めるためであった」と言われる。こうして、「そのために新約聖書の文書群は、 永遠で神的な証しとしてありつづける」と言われる。


第18項解説:福音書の優越性と使徒的起源


 ここで新約聖書の中でも福音書の卓越した重要性を取り上げて強調する。 それは、福音書はナザレのイエスの「生涯と教え」についての「主たる証言」だからという。 確かに福音書がなければ、そのイエスの生涯と教えについて、 わたしたちはどれほど知ることができたであろうか。 その確かな歴史的人物像はほとんど持つことができなかったであろう。 イエスが生きていたのは、ローマの最初の皇帝アウグストゥスからつぎの皇帝ティベリウスの時代のユダヤで、 その総督ピラトゥスのもとで十字架上で死を迎えた。 特にその受難と死についてはかなり詳しい歴史的事実を福音書に読み取ることができる。 しかし、福音書は伝記でもなければ、歴史的事実の羅列でもない。 それはその死後、復活したイエスを信じ、 この信仰をもって心の目でその生前のイエスの行動と教えをあらためて見たイエスを書いている。 したがって、福音書にはここでナザレのイエスという代わりに、 「受肉した御言葉、わたしたちの救い主の」と言われる。これは福音書が、 受肉した御言葉、わたしたちの救い主としてのイエスの証言であるということである。 この意味で、前項とつながっており、それを続けている。新約聖書のすべてがそのイエスの証言であるが、 福音書はその「主たる」証言だと言う。
 つぎに四福音書の使徒的起源をいう。 それはイエスから直接派遣された使徒たちのイエス証言を伝えているということである。 福音書はその使徒たちが直接書いたものではないが、使徒たちの証言を書き留めて伝えている。 マルコ福音書の著者マルコ、ルカ福音書の著者ルカは使徒ではない (使徒の名前はマルコ3:13−19とその並行個所、それに使徒言行録1:26、ガラ2:8参照)が、 使徒たちの証言を書きとめた著者として、ここでは「使徒的人物」といわれる。 この使徒性ということについては、本憲章第2章第8項およびその解説(拙著『わたしたちにとって聖書は何なのか』、 女子パウロ会、1986年、79−86頁)を参照のこと。 使徒性ということは、教会がその当初から現在まで最も重視してきたことの一つである。
 実際に四福音書がそのような意味で使徒的起源をもつということは、 西暦2世紀の後半から教父たちの著作によって確かめることができる。 これは四福音書の正典性を考察するところで扱われる。 その四福音書とは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書であり、 この四福音書は偽典の福音書とは区別される。この四福音書の正典性はすでに以前の公会議、 特にトリエント公会議でも明言されており、第二ヴァティカン公会議ではそれを踏襲して確認するだけで、特に問題としたわけではない。
 この四福音書の正典性の確認は、特に日本では無意味ではない。 近年になって四福音書のみならず、トマス福音書など偽典の福音書の研究も盛んに行われ、 これも広く読まれるようになった。正典と偽典を区別することなしに、 キリスト教の信仰と歴史をグローバルに理解しようとしてその古代キリスト教文書をすべて読むことが提唱されている。 その前提として、ある書が正典とされ、別の書を偽典とされたのは、 古代の教会における権威筋が政治的に決定し、それを押しつけたことによるという。 こうして非キリスト教の出版社が四福音書と並べてトマス福音書を発行することもある。 確かにそれは、異端とされた教えとその書物も含めてキリスト教の信仰と歴史をグローバルに研究するためには至極当然のことではある。 しかし、福音書はキリスト教の歴史を知るための単なる文書資料ではない。 キリスト教にとって、それは今も復活者として現存し、語りかけるイエスのことばである。 それゆえプロテスタントの聖日礼拝でもカトリックのミサでも公けに読まれ、 告げられるのは、正典の四福音書しかない。これはキリスト教のかなり初期からの習わしで、 偽典が典礼で用いられたということは聞いたことがない。実際にその典礼における聖書の利用が、 具体的にどの書が聖書なのか、つまり聖霊の息吹によって書かれた書なのかを見分ける上で作用したのだった。 数十年あるいはそれ以上の長きにわたる典礼におけるその書の利用がその典礼に与る神の民 にどれが聖書なのかを判断する感覚を養ったといえよう。 このようにある書が聖霊の息吹によって書かれたものとして教会によって受容されるということが正典の概念の重要な一要素である。 さらに4世紀になって教義論争が激しくなって、どこに正統信仰があるのか公会議を開いて決議しなければならなかったとき、 その判断の基準として諸教会で共通して聖書として用いられている書のリストが作成された。 これが正典、つまりカノン(基準)と言われるようになった。 したがって、正典とは教会によって受容され、教義の判定に基準とされた書のことである。 したがってまた、その正典に含まれなかった書も、けっして排除されることなく、 愛読されたものもあり、旧約の場合ヘノク書のように、ある地方教会で正典とされつづけたものもある。 偽典は即異端とされるのは時代がかなり下がってからである。 他方その正典決定に教会の権威筋が政治的に画策したということは、 ある時、ある地域であったかもしれないが、それが決定的であったとするのは幻想である。 教皇、司教という教会権威筋と言えども、神の民と言われる教会全体を無視し、 またこれに反して何の教義の決定もできないからである。 長年の典礼における聖書の利用にその信仰心が養われた神の民であるキリスト教徒全体が聖書の正典決定に関わったことを見逃してはならない。 この信徒も含めた神の民としての教会が第2ヴァティカン公会議の教会憲章の教会論であり、 その教会の表現が典礼であるというのが同公会議の典礼憲章の典礼神学であり、 正典論もそれと連動して理解される。日本における正典の問題は、正典とは何か、その概念そのものの不完全な理解にあると言えよう。


第19項解説:福音書の歴史性


問題の所在
 本項が取り上げる問題の発生は、18世紀に遡る。 その問題とは聖書解釈に歴史批判学が導入されることにより、 聖書に書かれていることがいかなる意味で真理なのかということである。 キリスト教はその始めから近代に至るまで聖書に書かれていることがそのまま真理であり、 そのまま信じなければならないと考えてきた。それに最初に異議を唱えたのが、 自然科学の分野からで、17世紀前半のG・ガリレオであった。 やがてその異議が歴史の分野でも唱えられることになる。 その最初の犠牲者になったのが、モーセがモーセ五書を書いたのではないという命題を掲げた17世紀後半のR・シモンであった。 彼に対する教会の厳しい態度が、その後のカトリック聖書学を圧迫し続けることとなる。 したがって、その後聖書解釈における歴史批判学はプロテスタント聖書学の中で起こり、発展することになる。 特に福音書研究に限って言えば、福音書は歴史上の人物であるイエスの活動と言葉を忠実に伝えているかどうかということで、 それに異議を唱えた最初の学者がライマルスの名があげられる。その後、福音書を文書資料として批判的に読めば、 イエスの真の歴史的人物を明るみ出すことができるとし、多くの聖書学者が情熱をもってそのイエスを追求することとなった。 いわゆるイエス伝研究の盛んな時代の到来である。この学者たちが提示するイエスは、 これまで教会が考えてきた福音書に書かれるままのイエスとも異なり、また神学者が神学で問題にするキリスト論とも異なり、 イエスをめぐって教会の中に分裂と対立をもたらした。イエスの真の歴史的人物像を追求したのが、 E・ルナンやA・フォン・ハルナックなどプロテスタントの自由主義神学に連なる学者たちであった。 こういうことでも、福音書を学問的に、また批判的に研究し、イエスの真の人物像を追求することに対し、 カトリック教会は警戒心をもった。その自由主義神学が西欧各国の知識層と教育界を風靡し、 カトリック神学者の中にも影響を及ぼすようになった。 これに危機感をもった教皇レオ13世は1893年に聖書回勅『プロヴィデンティッシムス・デウス』を発布した。 これは近代的な聖書学をカトリック教会に承認した最初の公文書で、ここでは「真の」批判研究の開発に励むよう促した。 しかし、その後、モデルニズムに対する厳しい取り締まりが始まり、 その聖書回勅の主旨が再び取り上げられるのは1943年のピオ12世の聖書回勅を待たなければならない。 モデルニズムとはキリスト教の教えを異端的に近代化することを意味し、 特にA・ロアジーの著作が攻撃されたが、今から見るとどこにその教えの異端とすべきところがあるか、議論は残る。
 その間にイエス伝研究も行き詰まる。その学者たちが真のイエスの歴史的人物像として提示したのは、 どれもその学者の主観とは無縁ではなかったからである。 その情熱を込めてのイエス研究がすべて失敗であったことを示したのが、A・シュヴァイツァーであった。 そこからプロテスタント神学は再出発すると言っていい。 聖書は聖書として読まなければ、そのメッセージは読み取れない。 そういう意味で聖書を啓示の書として信仰をもって受けとめることを強調したのが、K・バルトである。 それと並行して聖書の様式史的研究法が導入され、問題は先鋭化する。様式史的研究法は、 古代人の書いた文書として聖書はその古代人の表現様式に沿って読まなければ、 そのメッセージは読み取れないとして旧約聖書研究にH・グンケルが始めたものであるが、 1920年前後に福音書研究にも適用されることとなった。特にその先頭に立ったのが、 R・ブルトマンであった。彼は様式史的研究法によって福音書を研究する聖書釈義家であると同時に、 そのメッセージをいかに現代人に意味あるものとして解釈すべきかを追求する組織神学者でもあった。 この組織神学者として彼は、M・ハイデッガーの実存主義を取り入れた。つまり、 彼は様式史的研究法を用いて福音書はすべてイエスの復活を信じる原始キリスト教の信仰を前提として書かれており、 これを文書資料としてイエスの歴史的実像を知ることはできないとした。またそれを知ろうとしてもいけない。 福音書は現代に生きるわれわれに関わりあるものとして書かれているからである。 それゆえ古代人に関わりあるものとして書かれた福音書は古代人の世界像にしたがって書かれているので、 それを「非神話化」し、現代人としてその実存に関わるものとして読まなければならない。 このように福音書によっては歴史上の人物としてのイエスを知ることもできなければ、 知ろうとしてもならないと原理的に説いた。その後、ブルトマンの弟子たちの中から、 福音書の各単元の文学様式を研究する様式史研究法のみならず福音書全体の文学的特徴と それによって表現される各福音書著者のメッセージを読み取る編集史的研究法を提唱するものが現れるようになる。 それも第2次世界大戦後の1950年代になってからであった。 またその中から福音書をとおしてイエスの歴史的人物像に迫る道を探る学者も現れた。
 このようなプロテスタント聖書学界の動きに対して、カトリックはどうであったのだろうか。 モデルニズムに対する取締りが強化される中で、 ブルトマンによる福音書の様式史的研究法と非神話化論はますます警戒心を煽り立てたと言っていい。 ただし、プロテスタント聖書学から学ぶべきものを学ぼうとするカトリック聖書学者の地味な努力もあり、 他方聖書学の価値を否定し、極端に霊的に聖書を読むことを吹聴する者が現れた機会に、 1943年、ピオ12世は聖書回勅『ディヴィノ・アフランテ・スピリトゥ』を発布した。 これはレオ13世の聖書回勅発布後50年目にあたり、その成果を再確認し、 主旨を促進しようとするものであった。その中で様式史的研究法を一般に聖書解釈に採用することを認めたが、 福音書研究に関してはその採用を保留した。ブルトマンの聖書解釈には問題が混在しており、 それがまだ明確にされる必要があったからである。 このようにピオ12世の聖書回勅は現代の聖書学を積極的に評価したが、 モデルニズムに対して強い警戒心を抱く高位聖職者やそれに追従する聖書学者が多くいて、 しかも教皇庁で支配的地位を占めていた。そういうわけで、一方ではイエスを歴史的人物として否定したり、 不可知とすることは容認しないが、プロテスタント聖書学から福音書も含めて様式史的研究法を採用し、 現代人への聖書のメッセージの意義を問うその問題意識に学ぼうとするカトリック聖書学者がおり、 他方ではこれを弾圧すべきだとする教皇庁の高位聖職者がいて、 1950年代はその間に緊張が高まった時代であった。 この時代に教皇ヨハネ23世は突然公会議を召集したのだった。 その公会議の準備段階で作成された草案は、当然教皇庁の高位聖職者の考えによるものであった。 それは福音書に書かれているものがすべてそのまま歴史的事実として考え、 これを認めない者を断固として排斥し、断罪するというものであった。 その高圧的な姿勢は、検邪聖省による公式の戒告(Monitum)をもって教皇庁聖書研究所の教授を二人を その教壇から追放するということに現れた。それも公会議直前の1961年のことである。 これを機会に教皇は教皇庁聖書委員会にこの問題を検討するよう命じた。 その実りとして、1964年4月21日、同聖書委員会は『福音書の歴史的真理性に関する指針』という文書を発表した。 啓示憲章の第19項は、その公会議前の草案に代えて、 1964年7月に配布された草案(II)からこの文書が基礎とされ討議され、 改善されて作成されることとなった。本項はその作成過程において、 本公会議中最も議論を呼んだ問題のひとつに数えられる。 したがって、本項を理解するためにその聖書委員会の文書を予め深く正確に読んでおく必要がある。 特にこの文書は福音書の歴史性を判断するために、イエスが生きて活動された段階、 その死と復活の後使徒たちが宣教した段階、 最後に福音書の著者が福音書を書いた段階を考慮しなければならないとしているが、 啓示憲章の本項も大筋としてそれに沿っている。

1.福音伝承の起源に歴史上の人物イエスの活動と言葉があるということ。
 「聖にして母なる教会」は、前述の教皇庁聖書委員会の文書の冒頭の言葉であり、その題名でもある。 「上に述べた四福音書」は前項の第18項で言われている4福音書のこと。 「歴史性」(historicitas)は、まさに本項が問題とするものである。 それは福音書の歴史性のことであり、それは歴史的人物としてのイエスの言葉と活動を伝えているかどうかということ。 「何のためらいもなく肯定し」はその福音書の歴史性を否定する学説があったので、 特に強調して肯定すると言われる。ここで特にブルトマンの学説の容認できない側面の拒否がある。 その「福音書の歴史性」というだけではあいまいなので、 「神の子イエスが人々の中で生活しながら天に上げられる日まで(使1:1−2参照)、 人々の永遠の救いのために実際に行動し、お教えになったこと」と言われる。 「人々の中で生活しながら天に上げられる日まで(使1:1−2参照)」とは、 この地上での生涯の間ということ。「行動し、お教えになったこと」とはその活動と発言のこと、 これが「実際に」(vere)福音書に伝えられているということ。 これがいかに伝えられているかが問題となるが、福音書に書かれているとおりそのまま歴史的事実かというと、そうではない。 しかし、その歴史的事実が伝えられている。 このように福音伝承の起源に歴史的人物としてのイエスの活動と言葉があることは否定できない。 「忠実に」(fideliter)は、「実際に」と呼応して、福音書の歴史性を強調している。 「伝えられている」は伝える事実をいうのであって、いかにはここでは考慮外である。 「絶えず」(constantisseime)、「固く」(firmiter)も異常なほど強調しているのは、問題があったからである。 「堅く考えてきたし、現在も考える」(tenuit ac tenet)は、考えを堅持してきたし、 今もその考えを堅持しているということ。

2.使徒たちの宣教における福音伝承
 「使徒たちは主の昇天後」は、前の文は主の昇天までのことを述べたが、 ここではその後のこと、つまり使徒たちの宣教活動における福音伝承のことを述べる。 「そのイエス御自身の言葉と行動を、いっそう充実した理解をもって聴衆に伝えたが、 その理解はキリストの栄光ある数々の出来事に教えられ、また真理の霊の光に導かれて恵まれたものだった」は、 前述の教皇庁聖書委員会の文書の引用。使徒たちが伝えるイエスの活動と言葉は単なる事実の羅列ではなく、 彼らがあらためて理解したそのイエスの活動と言葉であることをいう。 その理解を深めさせることになった要因として「栄光ある数々の出来事」と「真理の霊の光」が指摘される。 前者はイエスの復活およびその現れやしるしを、後者は聖霊の働きを言っている。 ここにブルトマンの提唱した学説の積極的な面の評価があるといえよう。

3.福音書著者の著者としての活動、つまり編集活動
 「聖なる著者たちが四福音書を書いたが、 それは口頭ないし書面で伝承された多くのものの中から幾つかを選び、 幾つかは要約し、幾つかは諸教会の実情にあわせて説明しながら、結局宣教の方式を保ちながらも、 常にイエスについて真にして真心からのことをわたしたちに知らせようとして書いたのだった」。
 この福音書著者の活動を書くところは前述の教皇庁聖書委員会の文書から多くの表現を借りてきている。 彼らの著作意図は、彼ら自身の記憶と回想によるものであれ、 「始めから目撃し、言葉の奉仕者であった」人々の証言によるものであれ、 それによって「わたしたちが教えられた言葉の《真理》を知るようにされる」 (ルカ1:2−4参照)ことにあったからである。ここで福音書はイエスの活動と言葉の単なる記録ではなく、 証言であるという。証言であるから証言する福音記者の主観も込められている。 しかし、この福音書著者が証言するイエスの活動と言葉は福音書著者が創作したものではなく、 その歴史的事実に基いていると言わなければならない。具体的に福音書著者が証言しようと意図しているのは何なのか、 この証言をとおしてわかるイエスの歴史的事実は何かを示すのは、 聖書学者の研究課題であるということであろう。 ここの1950年代に主としてプロテスタント神学者が提唱し始めた福音書の編集史的研究法の承認がある。


第20項解説:福音書以外の新約書の重要性


 第20項は、四福音書以外の新約聖書各書の正典性を確認する。

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