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神の母聖マリア
和田 幹男



 ローマ・カトリック教会では、1月1日に神の母聖マリアを祝い、この1年をその御加護のもとに委託する。 この神の母と言って何を考えるのか、あらためて問うてみよう。 迷信じみた聖母信心やその運動が広がりを見せる一方、正しい聖母崇敬が特に次世代の中で後退していく現在、 聖母マリアがわれわれにとっていかなるおかたなのか、反省しよう。 特に現在は教皇ヨハネ・パウロ2世が宣言された「ロザリオの年」の期間中でもあるので、 そのご意向にも沿って聖母マリアの秘義を思いめぐらすことにしたい。
 神の母をギリシア語ではテオトコスと言う(写真はシナイ山麓のテオトコス修道院、現サンタ・カタリナ修道院のイコン、6世紀の作)。 これは神の産み親を意味する。実際に、コンスタンティノポリス(現イスタンブール)はじめ東方の諸教会でも、 このテオトコスへの崇敬がことのほか深くて熱い。このように聖母マリアへの崇敬は、 欧米のプロテスタント教会を除いて、全世界のキリスト教に遍く広がり、深く根づいている。 これは何なのか。わたしはギリシアやトルコなど東方教会がある各地を旅しながら、考えさせられ、目が開かれたこともある。 聖母マリアへの崇敬は、教会にとって本来的なものであり、それゆえ教会と共に古く、教会と共に広く、どこでも見られるのではないのか。 それゆえ、第2ヴァティカン公会議がマリア神学を独立した文書ではなく、教会憲章の中、 その第8章に位置づけたのは正しく、幸いなことであった。
 この聖母マリアへの崇敬が教会においてきわめて古くから、また広く見られるのは、聖書に基くからにほかならない。 確かに聖書の中で聖母マリアに言及する箇所はマタイ福音書(1−2章)、 ルカ福音書(1−2章)のイエスの幼年物語やヨハネ福音書のカナの婚宴(ヨハ2:1−12)、 イエスの死の直前(ヨハ19:25−27)をはじめ幾つかの箇所しかない。 その福音書の記述により、またその背後にある教会の伝承の中で、勿論イエス・キリストの秘義と共に、 聖母マリアの秘義も継承され、聖母マリアは慕われてきた。
 その伝承の中で継承される聖母マリアへの敬慕が、その誤った説明によって曇らされるとき、 その聖母マリアの秘義を、いかに神学的に正確に表現すべきか、教会はその成文化に迫られた。 マリア神学にとって最も重要なのは、「聖母マリアはキリストの母(キリストトコス)と言えるが、 神の母(テオトコス)とは言えない」というネストリウスの提唱に答えて開かれたエフェソ公会議(431年)である。 このとき、アレキサンドリアのキュリロスが提唱した説明が正統信仰として決議され、 「神の母(テオトコス)聖マリア」と呼ぶことが正しいと公認され、広く定着することとなった。 エフェソ公会議の決議文をここに翻訳してみる。
 「わたしたちは、
 御言葉の本性が変えられて肉になったとも、言わず、
 魂と体なるまったき人間に変換されたとも、言わない。
 むしろ御言葉が理性的魂の吹き込まれた肉を、
 自存によって自らと合一させ、
 言語に絶し、理解の及ばないしかたで、人間となり、
 人の子と呼ばれると言う。
 それはただ意志ないし好意だけによるのでもなく、
 ただ位格を取ることにおいてでもない。
 まことの単一性に結ばれた両本性は異なるが、
 その両本性から一人のキリストがおられる。
 一つに結びつくことによって両本性の相異は取り去られることなく、
 神性と人性が言語に絶し、言い表せないように一つになるよう
 並置されることにより、
 わたしたちのために一人の主、キリスト、御子になっておられる。」
 問題は、アンティオキアの司祭からコンスタンティノポリスの総主教になったネストリウスが、 聖母マリアはキリストの母と言えるが、神の母とは言えないと唱えたことに現れた。 この発言は、その奥にイエスはいかに神と言えるのか、神と言えるなら、 イエスにおいて人性と神性はいかに両立しうるのかという問題を秘めていた。 これはイエスをいかに受けとめるかというキリスト論の問題で、 これをめぐっての1世紀末以来の長い苦しい論争は、4世紀の第1回公会議、ニカイヤ公会議(325年)と第2回公会議、 コンスタンティノポリス公会議(381年)において一応の決着を見た。 第3回公会議、エフェソ公会議もその延長線上にあるとも言える。 この公会議開催および決議に至る過程で政争の側面も否定できない。 しかし、その決議文が内容的に正しいかどうかは、また別に判断しなければならない。 (写真上は古代エフェソの下町、写真下は公会議が開催された教会跡)
 この決議の中で最も重要なのは、 「御言葉が、理性的魂の吹き込まれた肉を、自存によって自らと合一させた」というところである(ενωσιs καθ'υποστασιν)。 これによって、ネストリウスの説明を誤りとして退けている。 彼によると、人間イエスが神の御言葉によって取り上げられた(homo assumptus)のであり、 この取り上げられたイエスは神の御言葉と人間イエスという二つの主体が結合(συναφεια)したものだという。 この考えに潜んでいるのは、神としての御言葉の受肉の拒否である。 それに対して公会議は、人格(persona)としては、―ここでは神の人格が問題になっているので、 誤解がないように位格(persona)ということにするが―、イエスにおいては神の御言葉の位格があるだけで、 だたひとりがおられるだけだという。つまり、イエスは二重人格者ではないということ。 この人格とか位格と翻訳されるペルソナ(persona)は、自存者であるということで、「自存によって」と言われる。 この「自存」という用語は、ギリシア語でヒュポスタシスと言われ、エフェソ公会議において始めて導入された。 この用語によって人格にしても位格にしても、ペルソナがかけがえのない自立し、自存する存在者であることをいう。 このように、ペルソナということと本性(ギリシア語でフュジス""、ラテン語でナトゥーラ"natura") ということとは区別して考えなければならないとした。このように受肉した御言葉は、 ペルソナとしては神の位格ただ一人であらせられ、本性としては神の本性と人間の本性をあわせもっておられると理解しなければならない。 このように、一般にわれわれ人間は、ひとりひとりペルソナ(人格)として、自存者であって、 かけがえのない者であり、本性としては人間としての本性のみをもっているが、イエスの場合はひとりのペルソナ、 神の御言葉としての神のペルソナ(位格)であらせられるが、本性としては神としての本性、 つまり神性と人間としての本性、つまり人性をあわせもっておられると言わなければならない。 このひとりのおかたイエスにおける神性と人性の共存は言語を絶し、言い表すことができない。 このことについては論争が続き、451には第4回公会議、カルケドン公会議が開かれたが、その後も論争は続いた。
 こういうわけでイエスの母マリアは、ただ人間としてのイエスの母と言うべきではなく、 本性としては人間であると共に神であらせられる御ひとかた、受肉した神の御言葉(神の位格)の母と言うべきだとした。 この意味で、聖母マリアを神の母(テオトコス)と言うことができるし、また言わなければならない。 この神の母聖マリアの秘義は、神の御言葉の受肉の秘義の延長線上にあり、 人間の救いを思っての神の計り知れないカタバシス(自己卑下、自己降下をいうギリシア語)のみならず、 神にとって人間がどれほど尊いものとされているかを示している。 このようにわれわれは神の母(テオトコス)聖マリアの秘義の中で、人間の尊厳性そのものを瞑想する。
 なお、マリア神学にとって決定的な決議が行われたエフェソという町は、 古来女神アルテミス信仰の中心として知られているが、 キリスト教の聖母崇敬が内容的にその女神信仰の影響を受けているとは考えられない。 そのことはネストリウスとキュリロスの神学論争からも明らかである。
ラヴェンアの新アポリナーレ教会のモザイク、6世紀の作
Sedes Sapientiae型の聖母: sedesとは「座」のことで、聖母マリアを意味し、 Sapientiaとは神の知恵そのもののことで、イエス・キリストを意味する。 Sedes Sapientiaeは、「知恵の座」、「上智の座」、「英知の座」と訳され、 上智/英知である幼子イエスを膝に抱く神の母聖マリアを意味する。Ora pro nobis!
参考文献
 公会議の決議および宣言を集録したものとしては、 Enchiridion Symbolorum Definitionum et Declarationum de Rebus Fidei et Morum, Quod primum edidit H.Denzinger, et Quod funditus retractavit, auxit, notulis orinavit A.Schoenmetzer, S.I., Editio XXXVI emendata, 1976, Freiburg im Breisgau, 以下DZと略す;邦訳:デンツィンガー・シェーンメツァー編、『カトリック教会文書資料集』、 A・ジッンマーマン監修、浜寛五郎訳、エンデルレ書店、昭和49(1974)年初版、昭和57(1982)年改訂版参照。
 なお、H.Denzinger, Enchiridion Symbolorum Definitionum et Declarationum de Rebus Fidei et Morum, Quod emendavit, auxit, in linguam germanicam transtulit et adiuvante H.Hoping edidit P.Hunermann, Editio XXXVIII,1997:Konpendium der Glaubensbekenntnisse und kirchlichen Lehrentscheidungen, 1997, Freiburg(ドイツ語)
 H.Denzinger,Symboles et Definitions de la Foi Catholique, édité par P.Hünermann pour l'édition originale et par J.Hoffmann pour l'édition francaise, 1997, Paris(フランス語)
 なお、キリスト論の問題はその後も論争の的となり、教会の分裂も招いて続く。 エフェソ公会議前後からカルケドン公会議へのキリスト論問題の歴史的経過については、 J・メイエンドルフ著、小高毅訳『東方キリスト教思想におけるキリスト』、教文館、1995年、19−27頁参照。

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